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本日 盛島貴男「奄美竪琴」発売開始です。

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    JUGEMテーマ:音楽



    9月13日 全国発売になりました。
    ウサトリーヌレコードウェブメタカンパニーウェブアマゾン、タワーレコード各店舗などでぜひお求め下さい。

    浪曲やホーメイを思わせる倍音豊かな野太い歌声、ブルースに通じるリズムと煌びやかな響きを持つ奄美竪琴で、即興性溢れる新しいシマ唄を創り出している、奄美大島にあらわれた幻の音楽の伝統者、盛島貴男。
    伝説の盲目の唄者・里国隆氏の影響を大きく受けながらも、ソウルやモータウン、フォークなどの幅広い音楽を愛する盛島独自の切り口で全国の民謡、俗謡や歌謡曲をアレンジして歌い続けている。
    奄美大島のライブハウスへの出演などで話題を呼び、遠藤ミチロウ、ハシケン、スティーヴ エトウなど、数多くのミュージシャンを虜にしてきた、盛島65歳にして待望のファーストアルバムがついに発売。(メタカンパニーパンフレットより)














    <盛島貴男 本人からのメッセージ>
    小生が小学校6年の頃、竪琴を弾き、シマ唄を歌っている里国隆の唄を耳にした記憶が甦り、16年程前からシマ 唄、歌謡曲などをクニタカバージョンで歌う事と竪琴の制作、販売を行ってきました。
    今年の4月にウサトリーヌレ コードの山本恭久氏と出会い、その時、ひょんな事から龍郷屋入の私のスタジオにて小生の演奏、唄8曲を気の向くまま選び、録音して貰いました。

    昔の奄美大島では唄遊びとして、即興で一人が歌い、別の人が返し、また次の人に渡して行くという遊びがありました。
    今の人たちは定型になったものを修練していますが、即興で歌っていくという文化、遊び心を私は大事にし ています。
    そしてもう一つ、里国隆氏が言っていた、「唄は上手く歌わなくてよい、只大きな声で歌えば良い」という言葉を大事にしています。大好きな全国の民謡、俗謡、大道芸など、道端に溢れていた庶民の唄を大切に取り上げていきたいです。

    2015年 7月 盛島貴男 奄美大島、工房にて

    <盛島本人より 楽曲についてのコメント>
    1. 十九の春 (沖縄 俗謡)

    元唄は戦時中の「ラッパ節」「与論小唄」 昭和47年~55年、田端義男の唄で、歌謡曲として全国に広まる。 戦時中のいろいろな意味や物語が詰まったこの歌が、歴史好きな私は大好きなのです。

    2. 行きゅんにゃ加那 (奄美大島 民謡)

    奄美全土のポピュラーなシマ唄。 里国隆、全盛の昭和30~40年代、奄美大島紬産業の全盛時期、流行っていた唄。 その頃の奄美大島の生活が歌詞にぎっしり詰まっている。

    3. ヨイスラ節(奄美大島 シマ唄)

    奄美大島の姉妹(うなり)神信仰に由来する神に捧げるシマ唄 この唄は各村によっていろんな歌詞や節回しがあるのです。 それらを盛島流に集めて、一つの流れになるように作ってみました。

    4. 安木節 (島根 民謡)

    里国隆が時々歌っていた、どじょうすくいの唄

    5. 田原坂(熊本 民謡)

    1887年官軍と薩摩軍との戦い。「西南の役」の唄。 これもいろいろな歌詞のバージョンがありますが、盛島流に料理してみました。

    6. 製糸小唄(植中文春/作詞、作曲)

    日本が産業近代化の途中、「野麦峠」に代表される女工さん達の悲しい唄。 歴史が大好きな私。明治維新の頃の庶民のつらい暮らしぶりが目に見えるような唄なのです。

    7. 食料についての歌・豆地獄(里国隆/作詞、作曲)

    里国隆が作詞作曲した唯一の唄。 戦後、食糧難時代に「大豆とトーフ屋の娘」の押し問答の唄。 これもその頃の庶民の生活が目に浮かびます。

    8. 稲すり節(奄美大島 シマ唄)

    奄美、琉球全土で歌われるテンポ良い労働、祭り唄。 男と女が稲を擦っているまねをして、楽しむ唄を盛島流にしてみました。 私はモータウンやレイチャールズも大好きなのだ。


     

    usatrene * 盛島貴男 * 16:42 * - * - * - -
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